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2014/02/05

腕時計を遺すということ

将来、愛用の腕時計を息子に形見分けしたい

と思っても、実はかなりハードルが高い。


つまり、
息子が自分より先に死なず、遺すべき腕時計が残存していて、息子が受けとることを承諾する必要がある。
なおかつ、単に受けとるだけでなく、大切に使ってくれないと遺志は果たせない。



しかし、腕時計の歴史は案外浅いので、数十年後にどうなっているかは未知数だ。

ただ、中途半端にハイテクな2014年現在のスマートウォッチなどより、枯れた技術の多い機械式腕時計のほうが残りやすい気がする。玉の多い機種のほうが修理のパーツにも事欠きにくいはずだ。

また、Gショックのように経年劣化の激しいものは、そもそも分解してしまい遺せない。

技術の進歩からいって、ずっと簡単にメンテナンスできるようになるかもしれない。

だが、3Dプリンター技術の過激な進歩は、
実物に対する考え方を根底からくつがえすかも、と思われてならない。

いつでもどこでも簡単に安価になんでも出力できるのなら、物をわざわざ所有する意味は薄れるのではないか?と。

そんなとき、僕の愛用していた腕時計を、
受け継いでもらえるかどうかは、

結局のところ、僕と息子との関係性に委ねられているのだろう。

要するに、物より人だと思うのだ。
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